兵庫県 諭鶴羽山
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淡路島で一番高い山はここ諭鶴羽山です。山名はユズリハが多く見られることから命名されたようです。そもそも淡路島は神話では日本で最初に創られた場所ということもあり、一番高い山となるときっと神話にまつわる話があるのだろうと思っていました。やはり、途中の諭鶴羽神社に神話にまつわる説明がありました。
開花天皇の時代(紀元前157年)にイザナギ、イザナミが鶴に乗って遊んでいるところ狩人が鶴と思い矢を放ち落ちたところへ行くと神様であった。狩人は自分のしたことを悔い神社を建てて祀ったのがこの諭鶴羽神社とされています。由緒ある神社ながら戦火の2度の火事(1456年、1549年)で焼失しているようです。再興の資料として各社堂、神仏を碑石に刻して後世に残したのが奥宮、十二所神社に安置してある天文二十一年銘(1552年)の碑石群だとの説明があります。しかし、戦国時代とはいえこの年に戦火になるような大きな争いごとは調べても出てきません。ひょっとしたら単なる山火事かもしれませんね。
さて、諭鶴羽山へのアクセスですが、南あわじ水仙ライン(76号線)から575号線を登っていけば諭鶴羽神社に到着します、途中の道は舗装されているとは言うものの凸凹、落石などがあり快適なものではありません。反対側からも登れるようですが、どうもダートのようです。
神社の周辺は人がほとんどいませんでした。
この神社から徒歩で0.5㎞、約15分~20分位でしょうか歩いて登っていけば山頂へ行くことができます。途中無線基地、電波塔などがあり所々セメントで整備されています。残念ながらこの日は晴れてはいるものの黄砂のせいか見通しが良くありません。加えて周りに生い茂った木のせいもあって景色は半減されています。
開花天皇の時代(紀元前157年)にイザナギ、イザナミが鶴に乗って遊んでいるところ狩人が鶴と思い矢を放ち落ちたところへ行くと神様であった。狩人は自分のしたことを悔い神社を建てて祀ったのがこの諭鶴羽神社とされています。由緒ある神社ながら戦火の2度の火事(1456年、1549年)で焼失しているようです。再興の資料として各社堂、神仏を碑石に刻して後世に残したのが奥宮、十二所神社に安置してある天文二十一年銘(1552年)の碑石群だとの説明があります。しかし、戦国時代とはいえこの年に戦火になるような大きな争いごとは調べても出てきません。ひょっとしたら単なる山火事かもしれませんね。
さて、諭鶴羽山へのアクセスですが、南あわじ水仙ライン(76号線)から575号線を登っていけば諭鶴羽神社に到着します、途中の道は舗装されているとは言うものの凸凹、落石などがあり快適なものではありません。反対側からも登れるようですが、どうもダートのようです。
神社の周辺は人がほとんどいませんでした。
この神社から徒歩で0.5㎞、約15分~20分位でしょうか歩いて登っていけば山頂へ行くことができます。途中無線基地、電波塔などがあり所々セメントで整備されています。残念ながらこの日は晴れてはいるものの黄砂のせいか見通しが良くありません。加えて周りに生い茂った木のせいもあって景色は半減されています。
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