平家に非ずんば人に非ず

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2020/10/10 20:31 | 最終変更
タツ  管理人   投稿数: 2447
石川県、能登半島の曽々木海岸にある窓岩ポケットパークというところに「能登平家の郷」と題した看板がありました。パッと見た瞬間、また平家の落ち武者がここまで来ているのかと思いきや、そうではなく、平清盛の妻、時子の弟にあたるこの時忠がの壇ノ浦の戦いで捕虜になりこの奥能登へ流刑となったものの、親平氏貴族の働きかけにより、良き待遇で暮らしたと記されています。この能登で生まれた時忠の子、時国の屋敷が現在、国の重要文化財になっているという話です。

そもそも源平合戦の原因となるものは天皇の皇位継承問題に端を発するようです。一時的に平家が権力を握ったもののその後源氏に徹底的に滅ぼされています。

さて、平家が栄華を極めていた時代、時忠はこんな言葉を残しています。
引用:
平家に非(あら)ずんば人に非(あら)ず

平家という部分を別の単語に置き換えて引用しているのを聞いたことがあります。これって、もともとはこの時忠の言葉だったのですね。時代錯誤もいいところです。カッコイイと思ってこの言葉を引用したのかもしれませんが、この時代の結末から考えればその驕りによって滅ぼされる、つまり破滅するということを意味しているのです。

 
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